トランスアクスルコンセプトが今日まで魅力を持ち続ける理由とは?
スポーツカーの良し悪しとはダイナミクスとバランスで定義される。この場合、トランスアクスルの設計が、新たな尺度となる。
ワークライフバランス、心の平穏、ストレス管理・・・。バランスは現代人のライフスタイルに当たり前のように取り込まれている。一方、ポルシェが理想的なバランスを追求し、それに取り組んでいたのは50年も前のことだ。当時、ヴァイザッハの開発センターでは、スポーツカーのための新しい駆動アーキテクチャーが成熟しつつあった。フロントにエンジン、リアにトランスミッションをレイアウトし重量を両車軸にほぼ均等に配分するコンセプト、トランスアクスル方式だ。この駆動方式が採用された924が1976年に発売され、1977年には同方式の高性能グランツーリスモ、928が登場した。トランスアクスル時代の始まりだ。そして1981年からの944に続き、トランスアクスルは968(1991年~)でその頂点に達した。この技術は今日に至るまで、革命的、先駆的、革新的とみなされている。
魔法の杖:
エンジンからリアアクスルに動力を伝達するトランスアクスルチューブ内のドライブシャフト。トランスアクスルという概念は、「トランス(trans)」(ラテン語で「向こう側で、越えて」)と「アクスル(axle)」(英語で「軸」)からなり、パワーの伝達を意味している。フロントアクスルの上に配置された水冷エンジンのトルクが、クラッチを介してドライブシャフト(本来のトランスアクスル)に伝えられ、そこからリアアクスル上のトランスミッションとディファレンシャルに伝達される。直径20~25ミリ、長さ約1.50メートルのドライブシャフトは、フロントアクスルからフロントシート間を通りリアアクスルまで渡された固定式のトルクチューブ内で複数のボールベアリングに受けられながら回転する、そんな仕組みだ。
この新しいトランスアクスルのコンセプトは、書誌の全面広告で「リアにトランスミッション、フロントにエンジン、その間にトランスアクスル」となんともシンプルに告知された。それは、ポルシェでの新基軸であった。とは言え、ポルシェが一つの設計に縛られていたというわけでは決してない。今日まで、914のようにミッドシップコンセプトもあったし、空冷リアエンジンと後輪駆動という911原則だって当然あった。元祖ポルシェ356が同じレイアウトであったことも考えれば、ポルシェがその伝統という枠からも飛び出すことを意味するものだったというのに。
当時、リアに重点を置いたタイプのクルマには、時には予測できないレスポンスをするというキャラクターもあった。スポーティなドライビングのためのこの種のクルマには、運転技術、パワー、勇気、素早いレスポンスが要求された。そのため、このバランスとコントロール性を追求する新しい駆動コンセプトには、社内外から懐疑的な目の視線が注がれた。南フランスで開催された924のプレス向けの紹介でも、業界が半信半疑である様子は明らかだった。「最新のポルシェは、最もパワフルなクルマと比較してたった半分のパワーでもトップスピードはその80パーセントに達し、大きいエンジンのスポーツカーと比べても引けを取らない」とプレスリリースには記してあった。どちらかといえば守りの姿勢が強い文言だ。振り返ってみれば、この車の新たなメリットを大きく訴求したほうが良かったようにも思える。エンジンとトランスミッションという2つの重いコンポーネントをフロントとリアに配置し、アクスルの荷重配分をほぼ均等に配分したこのレイアウトは、完璧なバランスを実現していたのだから。このように考えると、924は当時の宣伝文句通り、本当の意味で「ドライバーのためのクルマ」であった。そしてこれはキャラクターの面から言えば全く異なる911との共通点でもある。
技術を伝え続けるために:
トランスアクスル部品をピンク色に塗ったポルシェ944のカットモデルは、1980年代に説明と教育の目的で作られたものだ。バランスの取れたアクスル荷重配分 (50:50が理想的とされる)は、特にスポーツカーにとって大きな利点がある。フロントアクスルを介したステアリングとリアアクスルを介した駆動力の両方が、正確かつ効率的に路面に伝達できるのだから。バランスの取れた重量配分のおかげで、オーバーステアやアンダーステアなど発生しない。しかも、クルマのバランスがこんな風に整えられていれば、レーサーでなくとも、はるかに簡単、安全に、自信を持ってクルマを運転することができる。
また、フロントからリアへと通る固定式のトランスアクスルチューブを備えた設計は、より高いパッシブセーフティを約束するものでもあった。衝突時にフロントまたはリアのクラッシャブルゾーンで吸収された力はトルクチューブに伝達される。つまりトルクチューブは突っ張り棒のように背骨を張り、乗員室の変形を最小限に抑えてくれるのだ。当時、ポルシェの車体試験責任者だったヘルマン・バース氏はこんな風に言う。「トランスアクスルにおけるトルクチューブは、ドライビングダイナミクスを支える骨格であると同時に、衝突時の衝撃を制御し乗員を守るための、安全設計上の要(かなめ)でもありました」。トランスアクスルでは、4人乗りの比較的広い室内空間と、911の2倍以上という、スポーツカーとしては前例のない積載量というメリットも提供された。したがってこの設計は、まったく新しい顧客層にもアピールすることになった。
歯車装置:
ポルシェ944には、リアアクスルに 5速マニュアルギアボックスが標準装備されていた。もう一点トランスアクスルの優位性で特筆すべきは、電子制御の駆動システムやシャーシシステムがまだ存在しなかった時代に、クルマの挙動が極めてニュートラルでコントロールしやすいものになっている点だ。これは機械的、物理的な改良によってのみ達成されている。業界もこんなメリットの数々に納得させられたのだろう。1978年、928は国際的な審査員が選ぶ「カーオブザイヤー」の受賞車となった。
そして、その技術には今日でも圧倒させられるものがある。36年間ポルシェに勤め、入社当初にトランスアクスルモデルに深く関わったフランク・バブラーは、22年間944 S2に乗り続けているそうだ。「このクルマのロードホールディングと精確な走行ラインは見事なものです」とバブラーは言う。「このクルマは、とてもフレッシュにスポーティに、楽々と走らせることができます。ずいぶん古くなっていることなんて忘れてしまいます」。
924をさらに発展させた944モデルシリーズは、1981年から1991年まで生産された。S2が登場したのは1988年のことだ。フロントに搭載された出力155kW (211PS)の水冷3リッター4気筒エンジンは、当時の市販車で最も排気量の大きい直列4気筒エンジンであった。
トランスアクスルモデルの魅力とは、フランク・バブラーが適切に表現したように、楽々と、正確に、確実にコントロールできるハンドリングだろう。また、今日まで説得力のある実用性、コンフォート、技術的なピューリズムも組み込まれている。エンジンとトランスミッションを空間的に分離して配置するというアイデアの革新性?発想の転換で複数の課題を同時に克服しているのだから“革新”と呼ぶほかない。そして、スポーツカーの概念を根底から覆すという大胆な試みに、他ならぬポルシェのデザイナーたちが挑んだのは、決して偶然ではない。そこには、時代が変わろうとも決して揺らぐことのない、ポルシェ独自の「姿勢」が息づいているからだ。