好奇心を 曇りなく 満たせた時代

1980年代は、アナログで進んでいた産業が デジタルモダンへと発展を始めた時代であり、 それは今日まで我々を魅了し続けている。 テクノロジーがライフスタイルの一部として身近 なものになっていった時代。時代のリズムを刻 んでいたのは、音楽やファッション、そして 「すべてを知りたい」という人々の純粋な欲望だった。 それは進歩を渇望しながら、好奇心を曇りなく満 たしていきたい、そんな欲望だ。その時代の サウンドを聞きたければ当時の自動車を見 てみるといい。変革を模索する80年代の ツァイトガイストへのポルシェからの答え、 それがトランスアクスルモデルだ。

   

ポップカルチャーと日常が様変わりすれば、自動車も変化していく。

かの80年代世界を大きく変えた時代というよりも、世界を理解する方法を変えた時代であろう。テクノロジーが人々の生活のなかで身近な存在になり、時間、機能、未来に対する私たちの認識が新しく形成されていった時代だ。人類はデジタル時代が幕を開ける瞬間のすぐ手前に立っていた。時間や未来に関する概念が根本から変わっていったこの過渡期に、ポルシェはスポーツカーのアイデアを未来へと発展させていた。抜本的な革命のようなものではない。思い切ってスポーツカーの重点を移動させてみよう、そんな発展だ。トランスアクスルアーキテクチャーは、この発想の転換の一例だ。当時のスポーツカーでは、外観よりも技術的な妥当性が重要視されていたのだから。

1980年代は石油危機、経済の停滞、冷戦を背景に、西側社会が、システムの安定や新たな信頼を追求していた時代だ。ネオンカラー、グラフィックパターン、テクニカルなフォントデザインなど、1980年代を特徴づける視覚的要素の多くは、社会が現在進行で体験していた抜本的な変化を表現するものであったのだろう。エネルギー価格は高止まりし、将来的な資源の枯渇が叫ばれ、予測のつかない国際市場は混乱していた時代だったからこそ、進歩が追い求められていた。新しい家電製品が店頭に並び、それに伴って日常生活に対する理解が変わり始める。技術革新が次から次へと人々の生活に入り込んできたのだ。

最初のパーソナルコンピューターと一緒に、人々は新しい思考形式に慣れ親しんでいく。プログラマーのように、つながりを理解するために原因と結果を読み取るようになる。コモドール64やアップルIIのようなデバイスが、学習ツールであり、娯楽メディアであり、同時に実験を展開する場でもあることが徐々にわかってきた。テクノロジーはもはや目に見えないサービスプロバイダーではなくなり、実際に理解することができる生活の一部となったのだ。こんな変化を体験し、システムは関与すれば理解することができると考えるように、人々が新しい世代を形成していった。

A nostalgic, neon-colored portrayal of a green Porsche 924 against a tropical landscape with palm trees and a green sunset.

新しいデバイス、新しい習慣

コンピューターが制御性の観点から新しい概念を確立する一方で、ウォークマンがインディビジュアルモビリティという考えを促進していく。ウォークマンは音楽を、自分のフィーリングをポータブルに持ち歩けるようにした。別の場所に移動しながらも、自分のサウンドの世界を保持し続ける、つまり、自分を取り巻く環境に自分でサウンドトラックを選べるようになったというわけだ。カセットを入れた時のカチッという音、音楽が始まる前の短いノイズ、そんなプロセスが意図的に別の世界へと移行する時の前奏曲、前提になっていった。

同時に、ビデオレコーダーはリビングルームのキーテクノロジーへと発展していく。この新しいデバイスの登場は、視聴行動を抜本的に変え、時間を自分の手で管理しやすいものにしていった。ビデオレコーダーがあれば映像を一時停止したり、巻き戻したり、より詳しく見たりすることもできる。イメージはあっけなく消えていくものではなくなり、手元に保管できるものとなった。

テクノロジーがポップカルチャーに

また、世界の音も変化していった。シンセサイザー、シーケンサー、ドラムマシンが制作スタジオに入り、少し遅れて人々の生活に入り込んでいく。ポップカルチャーが新しいテクノロジーに応じて発展していく。音楽はよりコントロールできる、よりクリアなものへと変遷し、デペッシュ・モードのようなバンドが、機械を使った音楽をリリースし始める。機械を使った、とはいってもメロディーはよりインテンシブに、歌詞はダイレクトに心に響くようになる。つまり人間という要素はこの新しい音楽の中で増幅されていく。そして音楽はもはや単なる表現ではなく、意識的に構築できるものとなっていく。80年代のポップカルチャーは、創造性を制限することなく、秩序を求める人間の欲望を反映していた。1981年のMTVのスタートは、この欲望をさらに駆り立てていった。ミュージックビデオは音のみならず美学を表現する映像空間を作り出し、音楽において視覚的な美学がサウンドと同じように重要になった。芸術家はシーン、色、動きでものを考えるようになり、ポップカルチャーはイメージとサウンドが融合し、ビジュアルを刺激し、感情や熱狂を人々の心に喚起する芸術形態へと変わっていく。

今日、この80年代は映画やシリーズの人気モチーフとなっている。例えば、『ストレンジャー・シングス』(2016年)。小さな町を舞台にしたこのシリーズからは、当時の子供たちや若者が感じていた、科学実験、国家機関、そして日常生活からの目に見えない脅威、当時の時代精神がひしひしと伝わってくる。

ここでテクノロジーは抽象的なものではない。トランシーバー、真空管モニター、アナログ測定器、ケーブル、スイッチなど、手で触れるものだ。計画は提示され、相互関係は説明できる。明確なルールが存在する世界。これこそが緊張を生むのだ。

1980年代の映画産業は、アクションの舞台として未来を発見した。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)のような映画では、キャラクターたちは整然と論理的なフレーム内で、時空を超えたタイムトラベルに出る。人々は進歩を信じ、それを理解したいとも思っている。そして、それを理解するために、未来を可能性としてだけでなく、脅威としても表現する世界が考案される。なぜなら、現在の発展を批判的に検証することが未来を決めるからだ。そんな時代だったからこそ、テクノロジーの進歩に内在する危険性、ディストピアを見せつける『ブレードランナー』(1982年)、『ターミネーター』(1984年)、『ロボコップ』(1987年)といった映画は大衆の心を掴んだ。

明るい未来を信じながらも、ナイーブではない、それが1980年代だ。進歩は恐怖も生み出す。それを克服するには、まずそれに働きかけていかなければならない。当時のファッションもまた、こうした当時の姿勢を反映していた。衣服は装飾的なものではなく、姿勢を表現するものと捉えられるようになった。明確なシルエット、クリアなカット、ハイテク素材。女性も男性も、未来思考のムーブメントの一員であることを主張するかのように、肩を強調したカット、合成繊維、表情豊かな色使いのファッションを纏った。

ユーザビリティを原則として

ポップカルチャーや日常生活が再編成される中、自動車もまた変化を遂げていた。1980年代にクルマは、技術システムとして理解されるようになった。当時のクルマのインテリアはこの時代のそんな風潮を物語るものだ。ファッショナブルな素材が美学を定義し、コックピットのインストゥルメントはよりクリアに整理されている。燃費、航続距離、平均速度に関するデータを提供してくれる初のオンボードコンピューターが登場したのも80年代のことだ。グラフィックイコライザーを備えたオーディオシステム、ソフトタッチボタンで操作するカセット・デッキやのちにはCDプレーヤー。コックピットはモバイルテクノロジーの空間となり、テクノロジーに魅了される社会のリビングルームへと変貌していった。

そんな世界に現れたトランスアクスルモデルはこの時代の主役ではない。しかし、あの時代を形成した仲間であり、時代の証人でもある。その出発点となったのは、1976年にデビューし、その後何十年も街の情景の一部となった924だ。ポルシェに新たなターゲットグループを招き入れたこのトランスアクスルモデルは、日常生活に定着していき、エンジンをフロントに、ギアボックスをリアにというポルシェの新しいレイアウトへのチャレンジを具現化したものだ。パフォーマンスと日常的な実用性を兼ね備えるというアイデアは928(1977年~)と944(1981年~)で受け継がれていき、ポルシェの経済的な成功を支えていった。さらにそれらを発展させていった968(1991年~)は、一貫して追求されてきたコンセプトがしっかり成熟した様子を見ることができるマスターピースだ。

理解への欲求

1980年代の魅力を理解することは、個々のクルマというよりも、それらが生まれていった社会を理解することである。これらのクルマが走り抜けていったのは、ガラス張りのビル、ネオン、ビルボードに飾られた夜の都市だ。そこで誇らしげに最初のコンピューターワークステーションを設置したオフィスビルの前に駐車する。日中は表計算をしたり、コンピュータープログラムと向き合い、夜は部分的にはコンピューターの力を使って創作された音楽を聴く人々がハンドルを握る。振り返ってみると、この時代はアナログの知識がデジタルの思考へと移行していった過渡期であったのだ。当時の装置には目に見えるメカニズムがある。その機能は説明することができるし、人々はモノが機能するだけでは満足していなかった。どのように機能するかを理解したがり、技術がわかる、という透明性が社会に安心感を与えていた。そしてこの透明性という概念はトランスアクスルモデルのデザインにも反映されている。

1980年代、人間は未来への準備を整えるかのように、機械との新しい関係を築き上げていった。1980年代を特徴づける決定的な要因は変遷そのものではない。それをどう形成するかが決定的だった。

Christina Rahmes
Christina Rahmes

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