永遠の憧れ
ポルシェ911の駆動技術の歴史は、絶え間ない革新とユニークな伝統の歴史でもある。ハイパフォーマンスの992世代を部分的にハイブリッド化した技術はその歴史の中でもハイライトのひとつと呼べるものだ。
排気量2倍、パワー4倍、基本コンセプトはそのまま。911駆動システム開発60年の成果だ。「私たちは、6気筒水平対向エンジンの拡張性とそこに秘められる改良の可能性に常に驚かされています」と語るのは、911/718モデルシリーズのプロジェクトマネージャーであるトーマス・クリッケルベルクだ。将来的には、電動ターボチャージャーを搭載し、排出ガスを抑えながらさらにパフォーマンスを向上させていくこともできる。60年目に入るというのに、自由自在に手を加えていけるこの驚くべきベースとは、いったいどのようなものなのだろうか?
メツガーエンジン
ポルシェが1963年に当時はまだ901と呼ばれていた未来の911を発表したとき、その6気筒水平対向エンジンは2リッターの排気量から96kW (130PS)を叩き出すものだった。ポルシェのエンジン設計のスペシャリストであるアルブレヒト・ロイシュトレは、このエンジンについて「コンパクト、軽量、性能を最大限に引き出す設計」と表現する。それは今日でも変わらない911エンジンのキャラクターでもある。彼は1987年にこのエンジンを開発した伝説のエンジニア、ハンス・メツガーのチームに加わりメツガーと言う人物を体験した人物でもある。
ターボチャージャーが搭載された911
世代が変わるごとに、駆動技術のマイルストーンを立ち上げ続けてきた911。レースで立証されたターボ技術を、911の市販モデルに導入する準備が整った( XXページ参照)のは1974年のことだ。
ターボチャージャーと燃料噴射の組み合わせにより、191kW (260PS)の出力が実現されたタイプ930は、性能と効率性の面で競合車を大きく引き離した。そして厳しい排ガス規制を最初からクリアしたエンジンでもある。「振り返ってみると、ターボによる過給はエンジンの世界全体に革命をもたらしたと言えます」とクリッケルベルグ。
高温の排気ガスから得られるエネルギーを利用する。ターボエンジンのこの原理はエンジニアにとって夢のようなものだ。その中核を担うターボチャージャーは、しっかりと連結されたタービンホイールとコンプレッサーホイールから構成されている。タービンはエンジンの排気ガスで動き、回転数は10万rpmを超える。圧縮ホイールは同じ速度で回転し、圧縮された空気をシリンダーに供給する。この空気の追加供給が燃焼を促進し、それによってエンジンの出力を向上させる。エンジンコンポーネントに過負荷をかけないよう、ターボチャージャーを通る排気ガスからの圧力は制限されなければならない。そのために登場するのがウェイストゲートだ。ブースト圧がある限界に達すると、排気ガスはこのバイパスを通って排出される。
インタークーラーによる性能向上
ポルシェのエンジニア達は、ターボという原理に絶え間なく手を加え磨き続けている。タービン側の高温と空気の圧縮により温度が上がっていく。これは、シリンダーの充填と噴射される燃料の燃焼挙動に悪影響を及ぼすものだ。1978年モデルイヤー以降、圧縮された空気がスロットルバルブに到達するまでに圧力を失うことなく冷却されるようになった。これもモータースポーツレンシュポルトで実装された技術だ。このクーラーは強大なリアスポイラー上のグリルの下に取り付けられている。この洗練されたインタークーラーシステムにより、221kW (300PS)への出力向上とエンジンの際立った粘り強さ(柔軟性指数)が実現された。
ターボエンジンのもうひとつの原理上の問題は、加速時のレスポンスの遅延、ターボラグだ。911ターボは加速時にまだ低回転域にあると普通の自然吸気エンジン車と同じような挙動を示す。しかし、3,500rpmあたりで大きなブーストがかかる。「ドライバビリティを向上させるためには、このターボラグの問題を解消しなければなりませんでした」と開発者のクリッケルベルグは説明する。
ツインターボ:怒涛の開発
ポルシェは第4世代911ターボ(993)でその解決策を提示する。1995年春、300kW (408PS)のパワーを炸裂させる、これまでで最もパワフルな市販ポルシェが発表された。その3.6リッターエンジンには、初めて2基のターボチャージャーと2基のインタークーラーが備えられた。加速時に2つの小型タービンは1基の大型タービンよりも早く回転してくれる。特に、小型ローターの慣性モーメントが小さいことがプラスに働く。「そのパワーを路面に安定して伝えるため、993ターボには改良された四輪駆動システムが標準装備されました」とクリッケルベルクは付け加える。「エンジン制御とセンサー技術の進歩、そして最新の排気ガス後処理装置のおかげで、最後になった空冷式911のターボは、当時の市販車の中で最も排出ガスが低いクルマであった。
水冷で21世紀へ
アウグスト・アハライトナーは、1990年代末に911の第五世代(996)で6気筒水平対向エンジンが空冷から水冷に切り替わったことを「新技術への入口」と表現している。アハライトナーは当時、技術製品企画部長であり、2001年から2018年まで911モデルシリーズの開発責任者を務めていた。水冷は、性能のさらなる向上、燃費の削減、排気ガス規制や騒音規制の遵守のために必要なものだった。ポルシェの設計者は、燃焼室ごとに4つのバルブを備えたシリンダーヘッドを開発した。「1970年にはレーシングカーにおいてですが、タイプ908で、後に911に投入されることになるV12エンジン用の空冷4バルブを供えた先行研究が行われていました。そして1980年代になるとそのアイデアは、911の量産開発で採用され、タイプ964ではテストベンチに乗ったのですが、シリンダーヘッドが文字通り溶けてしまったのですよ」とロイストルは振り返る。ここでも解決策はレースから得たものだった。栄光に飾られた962の長距離プロトタイプ、そして959スーパースポーツカーでもすでに水冷シリンダーヘッドが使われていたのだ。当時、空冷から水冷への移行には激しく賛否両論が唱えられたが、最終的にタイプ996は大成功を収めた911となった。
「ターボチャージャーが、エンジンの世界に革命をもたらしました。」
トーマス・クリッケルベルク
可変タービンジオメトリー
2006年の911ターボ(タイプ997)はパフォーマンスの飛躍的な向上を体で感じさせてくれるものとなった。なんとパワーとトルクが10%以上向上したのだ。これは主に、可変タービンジオメトリー(VTG)という世界的にも唯一無二の新技術のおかげである。タービンの羽のサイズと形状を調整することで、より広いエンジン回転域でターボチャージャーの効率を最適化する。「VTGの開発は画期的なもので、ガソリンエンジンのターボ技術においてポルシェならではの特徴となってもう20年近くになります」とトーマス・クリッケルベルグは説明する。「排気ガスを調整してタービンに流すためには、摂氏1,000度以上の温度で小さなブレードを調整できなければなりません」。ここにはスペースシャトルにも使われた素材が使われている。
小排気量、パワー&効率アップ
水冷の導入後、2015年に次のマイルストーンが続いた。それは991 IIシリーズのカレラとカレラSに搭載されたターボチャージャーだ。クリッケルベルク曰く「排気量を縮小し、同時にパフォーマンスを大幅に向上させることを目指しました」。ツインターボ・チャージャーを備えたこの新世代のエンジンは、燃費を落としながら20PSのパワーアップを実現した。
スポーティにハイブリッド化
2024年夏、現行911世代(992)の製品改良に伴い、設計者は6気筒水平対向エンジンの完成度をさらに高めるべく再び新境地に足を踏み入れた(911 Carrera GTS: 燃料消費量 総合(WLTP) 11.0 – 10.5 l/100 km, CO₂ 排出量 総合(WLTP) 251 – 239 g/km, CO₂ class G , CO₂ class weighted combined G )。それには高性能ハイブリッド駆動システムも含まれる。まず一部のモデルにのみ提供される予定だ。この革新技術は、エンジンの性能と加速を大幅に向上させるのみならず、先を見据え、エンジンを将来の排出ガス規制にも備えるものとなる。この新技術の中核となるのは電動ターボチャージャー(eATL)と呼ばれるものだ。排気ガスで駆動されるタービンとコンプレッサーの間に据えられた電気モーターが、加速時に極めて速い回転数に達し、ダイレクトに、遅れなしに、高いチャージ圧を実現するという仕組みだ。ターボチャージャーが小さい電気モーターによってプッシュを受けるとでも言おうか。「eATLテクノロジーは、自然吸気エンジンに近いレスポンスを可能にします」と、911/718駆動システムプロジェクト・マネージャーのマティアス・ホフステッターが説明する。「この加速の数値は、ポルシェのEV スポーツカーに匹敵するものです」。
シリーズ責任者のクリッケルベルグは、低回転域での動きの良さにはセンセーショナルなものがあると言う。「従来の技術では、排ガス規制を遵守すると同時に望ましい性能向上を実現することは不可能だったと思います」。いくつかの工夫が望ましい結果をもたらしてくれた。排気量を3.0リッターから3.6リッターへと再び増加しても、エンジンには2基のターボチャージャーは必要ない。
「これによって重量を落とし、エンジンをコンパクトにすることができます」と設計エンジニアのロイストルは説明する。さらにその高電圧システムはライトと空調用コンプレッサーの電気駆動を担保し、それによってベルト伝動も省略できる。クランクケースの高さが20%低くなったことで、パルスインバーターやDC-DC変圧器といった追加コンポーネントのためのスペースが生まれた。「911を大きくも、重くもしたくなかったですから。むしろ、既存のパッケージのスペースを最適に活用したかったのです」とホフステッターは言う。ダウンサイジングをしながらの性能の大幅な向上だ。eターボチャージャーを備えたエンジンが搭載されたGTSバージョンは、398kW (541PS)のパワーと610Nmのトルクを発揮する。ドライブトレインには、強化された新型8速デュアルクラッチギアボックス(PDK)に組み込まれた永久磁石同期モーターも含まれ、これが最大150Nmのトルクで、アイドリングスピードから水平対向エンジンをサポートし、最大40kWの出力を発揮する。プラグインハイブリッドのように電気モーターのみでの走行は、t-HEV(ターボハイブリッドEV)の911の目標ではなかった。「バッテリーが大きすぎても重すぎてもいけないからです」とホフステッターは1.9kWhの容量について説明する。
一方、電動補助ターボチャージャーにはシステムによる利点がある。シンプルでありながら魅力的な原理、排ガス回収によるエネルギー回生だ。シンプルでありながら魅力的な原理、排ガス回収によるエネルギー回生だ。電気モーターが回転数制御器のように働く。エンジン回転数が上がりすぎてブースト圧が上がりすぎると、タービンにブレーキがかかる。これによって電力が発生し、その電力をバッテリーに供給するというわけだ。効率的なエネルギー回生のおかげで、比較的小型のバッテリーでも日常使用にはまったく問題ない。セル自体がt-HEVの要件に合わせて特別に設計されているのだから。「この設計によって、バッテリーは短時間で多くのエネルギーを放出でき、比較的早く再充電することができます」とホフステッターは説明する。
eターボチャージャーのもうひとつの利点は、あのウエイストゲートが必要なくなる点だ。これが、それをこの形態で世界初としている。「タービンから逃していたエネルギーさえも使えると言うわけです」とホフステッターは説明する。「つまり、圧力調整から電気エネルギーを生み出すことができるようになったのです」。これは、エンジンの効率、ひいては燃費にメリットをもたらすものだ。
「ターボチャージャーとハイブリッド化、エネルギー回生、燃焼室設計の最適化を組み合わせることで、将来の排気ガスと排出ガスに関する法規制に対応し、同時に高い性能、効率性の良さを求める声に応えていくことができます。この方法の実現こそが、チーム全員による卓越した成果です」と、エンジン開発者のロイストル。
911の6気筒水平対向エンジンがコンパクトなパワーハウスであることに変わりはない。かつてハンス・メッツガーが初代911のために発明した革新的なエンジンの伝統はしっかりと受け継がれている。
燃料消費量
911 Carrera GTS
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11.0 – 10.5 l/100 km
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251 – 239 g/km
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G Class
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G Class
911 Dakar
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11.3 l/100 km
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256 g/km
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G Class
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G Class
Macan 4 Electric
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21.1 – 17.9 kWh/100 km
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0 g/km
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A Class
Macan Turbo Electric
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20.7 – 18.9 kWh/100 km
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0 g/km
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A Class