農夫とターボ
スポーツカーコレクターになり、ユーチューバーになった農夫。インディアンレッドの911ターボ Sはそんな彼のガレージのなかでも一番の宝物だ。
農業と自動車ジャーナリストという二足のわらじを履くような生活を長年続けてきたハリー・メトカーフは、自動車の専門家であり、イギリス南部の人気の避暑地、コッツウォルズで122ヘクタールの農場を経営している人物だ。今となってはどちらもバランスよく上手くこなしているようだ。その傍ら、自身のカーコレクションを紹介するYouTubeチャンネルまで運営している。50万人以上のファンがフォローすると言うこのチャンネル、Harry’s Garageは、なだらかな丘が続く景色の中、農重機、そして高級スポーツカーが出会う特別な場所だ。そして、彼のガレージの新星は911ターボS。
祖父が農業を営んでいた彼にとって、農業は彼のDNAに深く存在する仕事だった。しかし、最初から彼の夢の仕事であったわけではない。「子供の頃は自動車のエンジニアになりたかったのです。でも数学が苦手で試験に落ちてしまって」。農場での夏休みのアルバイトは何度も経験していた彼は、「農業系の大学に進学し、穀物バイヤーの仕事につきました」。メトカーフが実際に農場での仕事を始めたのは1990年代初頭、そして、その数年後にはすでに800ヘクタール以上の農場を経営することになった。農場に再投資しない利益は自分の趣味、車に注ぎ込んでいく時代が始まった。
そうこうしているうちに、そんな彼のコレクションはイギリスのモータースポーツ誌も注目するような見事なものに成長していった。そんなメディアとの付き合いから、メトカーフは、1998年に世界中のスーパーカーファンのための雑誌、Evoを共同創刊する。
彼が自分に初めてのポルシェ、黒の911ターボ、タイプ993を買えたのはその成功のおかげだ。しかし、パワーだけではなく、日常でも使い勝手の良さでも定評の高い911への愛情はその時に始まったわけではない。彼が恋に落ちたのは1975年、史上初の911ターボ(930)が登場した時のことだ。「15歳のとき、うちの両親のところで働き始めた人がポルシェのファンだったんです。ビジネスの話をしてるはずだったのに、その人は当時の自動車界に革命をもたらした新しいポルシェ・ターボの話ばかりしていて。僕にも写真を見せてくれたり。すごく特別な車に見えたのを覚えています」。
Evoの仕事をしているときは、他のブランドのモデルもあえてコレクションに追加していたが、雑誌の仕事を辞めてからは、昔の恋人に没頭していった。若い頃の夢の車911ターボ、タイプ930を購入し、そしてタイプ993ターボをGT2仕様に改造したりもした。Harry’s Garageを立ち上げたのもこのころのことだ。新しい車だけではなく、旧い稀な車、イギリスやイタリアのスーパースポーツカー、自分のプライベートコレクションのレポートもどんどんアップロードしていった。しかし、メトカーフはなにか物足りなさを感じていたという。ガレージの他の車と同じようにパワフルなポルシェが欲しい、と。
ポルシェの特注プログラムでカスタマイズされた、1989年製の911ターボSがそんな彼の欲望を満たしてくれた。インディアンレッドのこの911の装備は、グループ4をイメージしたフロントスポイラー、パワフルなオイルクーラー、4本エキゾースト、959のシートとステアリングホイール、17インチのアルミニウムホイール、標準仕様よりも約30%パワーアップしている出力400PS超の3.4リッターエンジンなど、とにかく珍しい車だ。
「走っていれば、
ハリー・メトカーフ
幸福の
絶頂です」
つい最近、メトカーフはHarry’s Garageのスター、911 ターボ S に乗って南ヨーロッパでの2,000kmのツアーを完走した。素敵なルートを自分の車で体験する。そんなツアーはメトカーフのダウンタイムでもあり、生き甲斐でもある。「車ってゆっくり走らせることができなくてはダメでしょ」。現代では多くの時間をゆっくり走行に費やさなければならないのだから。ターボ S は一日中のんびりドライブできる車でもある。「でも、この車ならそのワイルドな性格を引き出すこともできる。911ならではのサスペンションとブレーキで、極限領域まで、まるでロケットのような走りも見せてくれる」、と熱く語るメトカーフ。「まだその性格を知り尽くしていないと思わされることがありますよ。まだ、勉強中。この車で走っていれば幸福の絶頂ですよ」。
Harry’s Garage:
50万人ものファンがフォローする大人気チャンネルHarry‘s Garage。なかでも見所は、930ターボSのハンドルを握り完走したスペインでのロードトリップ。