音楽の街

街のあちらこちらから響いてくる心地よい音色。決して耳障りではなく、しかし意識すれば自然と旋律が聞こえてくる街独特のハーモニーに気づいた人にとって、ライプツィヒは生涯忘れられない土地になる。新型パナメーラのステアリングを握るゲヴァントハウス管弦楽団の偉大なヴァイオリニスト、チョー・ユンジンと一緒なら、街の印象はさらに深みを増すはずだ。 

   

ポルシェ パナメーラ 4S E-ハイブリッド
燃料消費量 総合:2.8 〜 2.2リッター/100km
電力消費量 総合:24.5 〜 22.6kWh/100km
CO2 排出量 総合:64 〜 51g/km(2020年12月現在)

本誌の全テクニカルデータは各国の仕様により異なります。燃料消費量および CO₂ 排出量の数値は、新たな測定方法「WLTP」に準拠しています。

アウグストゥス広場を横切り、新ゲヴァントハウスの正面まで控えめな電気駆動で進んでいくポルシェパナメーラ 4SE- ハイブリッド。一般的に街の中心は同時に音の中心でもあるはずだが、角張った建築様式が印象的なゲヴァントハウス一帯は静謐な雰囲気に包まれている。そこは偉大な作曲家たちの作品が光り輝き、185 人の音楽家による世界最大のオーケストラが音を奏でる場所なのだ。

ゲヴァントハウス管弦楽団のルーツは実に 1479 年にまで遡る。今日のゲストであるチョー・ユンジンは、その歴史に連なるヴァイオリニストで、名門オーケストラの副第一コンサートマスターを務める女性だ。15 歳の時に音楽留学を希望し故郷韓国のソウルを離れたチョーは、当時からすでに類まれな才能を持つヴァイオリニストと期待されていた。もともと希望していた留学先はボストンだったそうだが、運命のいたずらなのか、彼女が向かった先はドイツのベルリンであった。欧州の新天地で独学を続けた後、音大へ入学し、その 10 年後にライプツィヒでの初演を叶えた。「このオーケストラは常に高い評価を得てきましたが、留学当初の私は当時ライプツィヒにクラシック音楽がどれほど根付いているかさえ知りませんでした」とユンジンは笑いながら若かりし頃を振り返る。思いがけず人生を変える仕事に就いた彼女は、その後徐々にライプツィヒという音楽の都が内包する魅力を発見し始める。「昔ながらのカフェに座っているだけで、ロベルト・シューマンがここに座ってメロディー を書き留めたことがあるのではないかと想像してわくわくします。ライプツィヒにいると、偉大な音楽の道を歩いているような気分になるのです」。

類まれな才能:

類まれな才能:

音楽を学ぶために 15 歳でドイツに渡ったチョー・ユンジン。彼女は現在、長年夢見てきたライプツィヒ名門ゲヴァントハウス管弦楽団で 副第一コンサートマスターを務めている

ユンジンはポルシェパナメーラ 4SE- ハイブリッドのリアシートに戻ると、私たち取材班を保存状態の良い昔ながらのヴィラが立ち並ぶ音楽地区へと案内してくれる。その街並みは音楽文化が繁栄の極致にあった時代を想像させる美しさだ。「後部座席からもサウンドシステムをコントロールできるなんて素敵ですね」とユンジンは無邪気な笑顔をこぼす。

 

 

 

 

 

バッハ、シューマン、
ベートーヴェン……
彼らはライプツィヒに
音楽というかけがえ
のない宝物を
残してくれました

15 世紀には東ヨーロッパと西ヨーロッパの中間に位置する最も重要な交易拠点として繁栄を謳歌していたライプツィヒでは、強大な経済力をバックに質の高い音楽芸術が育まれていった。当時は行政長官によって雇われた 3 人の音楽家が市庁舎や劇場での祝賀会や教会での礼拝に同行し、人々から愛されたこの伝統は 1840 年まで続いた。さらにライプツィヒ行政機関は 1743 年に創設されたグランドコンサートに出演するオーケストラの運営を担うようになり、その公演は音楽に関心を持つ貴族やブルジョワジーに歓迎された。以来 30 年以上もの間、ライプツィヒの人々は『Zu den drei Schwanen』と呼ばれるゲストハウスで定期的に催される生演奏に足繁く通い、彼らが紡ぎ出す音色は都市の枠を超えて全ヨーロッパから脚光を浴びるようになる。そしてこの頃、より規模の大きな演奏会場の必要性が議論され、ゲヴァントハウスが有力候補として浮上する。当時、布職人の商工会館だったゲヴァントハウスには未使用の大きな屋根裏部屋があり、そのスペースを活かしてコンサートホールに改造するよう市長より命令が下された。かくして 1781 年 11 月、ゲヴァントハウスで最初のコンサートが開催され、ライプツィヒは瞬く間にヨーロッパ音楽の中心地となっていくのである。

ターボ エンジンのような力強さによって結ばれているポルシェとライプツィヒ

ターボ エンジンのような力強さによって結ばれているポルシェとライプツィヒ

パナメーラの室内から偉大なる伝統の証しとも言うべきエリアを丁寧にガイドしてくれるチョー・ユンジン。絵のような美しさが宿る音楽地区は現在、フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学の本拠地となっており、その “ドイツ最古の音楽院” で彼女は教鞭を執っているそうだ。堂々とした新市庁舎を通り過ぎた後、ロスプラッツを横切り、右に一度曲がった後、二度左折すると、目の前に古典主義様式で建てられたシューマン家の旧家が現れる。「ロベルトとクララ・シューマンは結婚した後、最初の 4 年間をここで過ごしました。引っ越してきた当時、二人ともまだ 21 歳だったのですよ」とユンジンが教えてくれる。博物館として機能しながらイベント会場や研修センターとしても使われているこの建物では、若き天才音楽家夫婦の暮らしぶりや、フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ、フランツ・リスト、エクトル・ベルリオーズといった有名な音楽家たち が立ち寄った当時の様子を垣間見ることができる。ここ、インゼル通り 18 番地は、ロベルト・シューマンがクララと一緒に『愛の春 作品』や『春 作品 38』、『ピアノ五重奏曲 作品 44』といった名曲の数々を作曲した場所でもある。「ちなみに最後の楽曲はクララがゲヴァントハウスで初演を行っています」とユンジン。

静けさを求めて:

静けさを求めて:

街の中心に広がるクララ・ツェトキン公園で自分だけの時間を楽しむチョー・ユンジン

ライプツィヒで公演を行った音楽家の中でも特に有名なのがヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。彼は早すぎる死から 2 年前の 1789 年、ピアニストとしてゲヴァントハウスの舞台で自らの楽曲を披露している。また 1825/26 年シーズンには同じステージでルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの 9 つの交響曲の世界初公演が、作曲家の存命中に行われた。1835 年からはフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディがゲヴァントハウスのカペルマイスターを務め、交響曲第 3 番『スコットランド』や『ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品 64』が生まれた。ちなみにロベルト・シューマンの交響曲とフランツ・シューベルトの大ハ長調交響曲は、メンデルスゾーンの指揮により初演され、1862 年のリヒャルト・ワーグナー 作『マイスタージンガー前奏曲』ならびに 1879 年のヨハネス・ブラームス作『ヴァイオリン協奏曲』の初公演では作曲家自身が同じ舞台で指揮者を務めた。それはまさに音楽の世紀であり、ライプツィヒは中心舞台であった。偉大な作曲家たちが奏でた音色は今日も色褪せることなく光り輝いている。ライプ ツィヒには優れた芸術家を惹きつけてやまない魔法が宿っているのである。

若きスターヴァイオリニストであるチョー・ユンジンは、「この街が持つ現代的な側面もお見せしましょう」と言いながらドライバーズシートに移り、パナメー ラのステアリングを握る。「新しいライプツィヒはとてもカラフルでダイナミックです」と言いながら総合出力 560PS(ポルシェパナメーラ 4S E-ハイブリッド:燃料消費量 総合:2.8 〜 2.2リッター/100km、電力消費量 総合:24.5 〜 22.6kWh/100km、CO2 排出量 総合:64 〜 51g/km(2020年12月現在))を誇るポルシェのハイブリッド・スポーツリムジンを鮮やかに操る。2009 年からポルシェ・ライプツィヒ工場で生産されているパナメーラにとって、ここはホームタウンだ。パパイヤメタリックのエクステリアカラーがお気に入りだというユンジンはパナメーラをこう評する。「偉大な音楽のように多彩で、時に情熱的に燃え盛り、そして時に穏やかで繊細なパナメーラはこの街にぴったりです」と。そして彼女は最近のライプツィヒの目まぐるしい変化について語り始める。そう、ライプツィヒはベルリンの壁の崩壊と同時に深い眠りから目覚め、ドイツ統一から 30 年を経た現在、文化的にも社会的にもかつての栄光を取り戻したのである。ポルシェや BMW をはじめとする企業は地域の発展に決定的な役割を果たし、新しい生産施設は雇用を後押しするターボエンジンのように街の繁栄を支えている。

スリリングな情景:

スリリングな情景:

クラシックの名曲のような多面性を秘めたライプツィヒの街

街の進化は、最後に訪れたライプツィヒ・リンデナウ地区にある古い工場跡にも見て取れる。かつてヨー ロッパ大陸で最大規模を誇り、現在世界中から注目を集めているこの旧紡績工場を、イギリスのガーディアン紙は「地球上で最もホットな場所」と紹介した。大胆なアートが浮き上がる古いレンガ造りを活かした建物には、ネオ・ラウホのような偉大な画家たちも自らのアトリエを構えている。一方、クレーン建設会社 Kirow Ardelt の所在地でひと際目を引くのがガラスとコンクリートの巨大な球体だ。『ニーマイヤースフィア』と呼ばれるこの球体は、2012 年に 104 歳という年齢でこの世を去ったブラジルのスター建築家、オスカー・ニーマイヤーが最後にデザインした重要作品のひとつである。「ここでは歴史が繰り返されています。何世紀も前に発展を遂げ今なお人々に愛されているクラシック音楽のように、ライプツィヒでは芸術という花が再び開花しつつあるのです。街が秘める力はまるで磁石のように人々を惹きつけています。私も間違いなくそのひとりなのでしょう」。チョー・ユンジンはそう独り言ちながらきらりと目を輝かせた。

サイドキック:管弦楽団との パートナーシップ

2011 年より信頼できるパートナーとしてゲヴァントハウス管弦楽団と共に歩むポルシェ。パートナーシップの目的はクラシック音楽にアクセスしやすいようにすることだ。2014 年以降は『Klassik airleben』が活動の中心となり、毎年何千人もの観客がオープンエア・コンサートが開催されるライプツィヒのローゼンタールを訪れている。ポルシェはその他にも若手サッカー選手の育成や工場敷地内の自然地域における環境教育『ポルシェ・サファリ』など、社会的でかつスポーツおよび芸術に関する様々な取り組みを行っている

Dani Heyne
Dani Heyne

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