プレッシャー

“ターボ” という言葉が “野獣のようなパワー” と同義語だった時代がある。しかしその後、徐々にイメージは変わり、今日では “優れた 燃費とスムーズな走り” を象徴する言葉になった。

  

ポルシェ 911 ターボ S クーペ
燃料消費量 総合:12.3 〜 12.0リッター/100km
CO2 排出量 総合:278 〜 271g/km (2020年3月現在)

カタツムリの殻のような過給機からどれだけのパワーが得られるか。1970 年代のポルシェにとって、それは自らに課した大きな課題のひとつだった。効率的なパフォーマンス向上を目的としてターボチャージャーの開発に着手したポルシェは、1973 年に最高出力 1100PS オーバーの 917/30(2 座オープンボディ)を完成させて瞬く間に北米の CanAm シ リーズを席巻。そして翌 1974 年、当時まだ珍しかったターボチャージャー技術を投入した市販モデル 911  ターボ(260PS)をリリースしてスーパーカーの世界に足を踏み入れたのだった。

911 ターボ(タイプ 930)は当初、レースのホモロゲーションを取得するために必要とされた 500 台のみ 生産される計画だったが、大型のリアウィングを備えた迫力のあるスタイリングは一躍人気を集め、レギュラー・モデルへと昇格した。1977 年にはエンジンの排気量を 3.0 リッターから 3.3 リッターへ拡大し、最高出力も 260PS から 300PS に向上。その後は 1988 年まで大きな変更なく製造され続け、ポルシェの歴史におけるターボ・サクセスストーリーの序章となった。

1974 年以降、“ターボ” はツッフェンハウゼンにとって最先端技術であり続けた。いつの時代も 911 シリーズのトップエンド・モデルには “ターボ” という名が与えられ、その名に恥じぬよう、高出力と低燃費、低排出ガスのベストバランスが追求されてきた。

そして今、新型 911(タイプ 992)の “ターボ” が新たな  1 ページとしてポルシェの歴史に刻まれる。今日においてもターボチャージャーによる出力向上の基本原理は変わらず、一連の燃焼サイクルを終えた排気が タービンを高回転で駆動。タービンと同軸上のコンプレッサーホイールに動力を伝え、燃焼室の吸気側により多くの空気を送り込むことでガソリンを効率よく燃焼させて高出力を得る、という仕組みだ。

長年にわたりポルシェが挑んできたターボ特有の課題は、ブースト圧の制御と高温(タービンハウジングは 1000°C に達する)に苛まれるタービンの冷却方法である。様々な新技術を投入しながら最適解を求め続けた結果、エンジニアはチャージされる空気と周囲温度との差を 20°C 以下に抑えることに成功。排気量がはるかに大きい自然吸気エンジンと比べても、レスポンスという点で遜色ない事実こそが、継続してターボ技術に挑んできたポルシェの実力を証明している。そう、ポルシェは “野獣” を見事に手懐けたのだ。

ポルシェ 911 ターボ(930)

1974 年に開発された元祖 911 ターボ。それまでレーシングカーにしか採用されていなかった排気ガスの 圧力逃がし弁=ウェイストゲートバルブの投入により最大ブースト圧 0.8bar で最高出力 260PS (3500rpm)を発生。1977 年に登場した後継モデルは当時としては珍しい大型のコンプレッサーホイールや インタークーラーを備え、コンプレッサーホイールへ送り込む空気を圧縮する

タイプ:ターボ
排気量:3299cc
最大ブースト圧:0.8bar
最高出力:300PS
最大トルク:412~440Nm

ポルシェ 959

1983 年の国際モータショーでグループ B コンセプトカーとして発表され、3 年後に市場にリリースされた。当時、先進技術の ショーケースとも評されたロードゴーイングカーの 959 は初めて四輪駆動システムを採用し、シーケンシャル制御の ツインターボ・エンジンを搭載。ポルシェが独自に開発したブースト圧の電子制御技術や水冷式シリンダーヘッドを備える  4 バルブ水平対向エンジンは、911 が進む道を暗示した

タイプ:ツイン・ターボ(直列)
排気量:2850cc
最大ブースト圧:1.0bar
最高出力:450PS
最大トルク:500Nm

テクノロジーの可能性を予感させた 959

ポルシェ 911 ターボ 3.3(964)

1991 年、先代モデルから 3.3 リッター・エンジンを受け継ぎ、最高出力 320PS を発生する 911 ターボ(タイプ 964)が登場。 圧力に応じて最適制御を行うマップインジェクションや 50% ほど大型化したインタークーラーが技術的なハイライトだが、 三元触媒コンバーターと排気バイパス用触媒コンバーターの組み合わせにより厳しい排ガス基準を見事にクリアした点も 特筆に値する。1993 年には排気量を 3.6 リッターに拡大し最高出力は 360PS に到達。燃料消費量の低減にも成功している

タイプ:ターボ
排気量:3299cc
最大ブースト圧:0.8bar
最高出力:320PS
最大トルク:450Nm

ポルシェ 911 ターボ(993)

1995 年に登場した最後の空冷 911 ターボ(タイプ 993)には、レギュラー・モデルとしては初めて 2 基の 小型ターボチャージャーが採用された(959 とは異なり直列ではなく並列レイアウト)。水平対向 6 気筒エンジンの シリンダーバンク毎にそれぞれ小型ターボチャージャーとインタークーラーを装着。レスポンスの改善とともに燃費性能も 向上を見た。後に追加された 911GT2 スポーツバージョンでは最高出力 450PS を実現した

タイプ:ツイン・ターボ
排気量:3600cc
最大ブースト圧:0.8bar
最高出力:408PS
最大トルク:540Nm

ポルシェ 911 ターボ S(996)

1997 年に登場したタイプ 996 は、911 にとって新時代の幕開けを象徴する一台だった。エンジンが水冷化され、2004 年以降に 登場したターボおよびターボ S には 1998 年にル・マンを制覇した 911GT1 用のパワーユニットをベースに開発された 3.6 リッター・ エンジンが搭載された。吸気バルブ側のカムシャフトの位相を調整する新技術の可変バルブ機構(バリオカムプラス)が採用され、 可変バルブ機構ティプトロニック S も選べるようになった。ターボ S モデルには大型タービンと高効率のインタークーラーが与えられ、最高出力は 450PS に到達。ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ(PCCB)も標準で装備された

タイプ:ツイン・ターボ
排気量:3600cc
最大ブースト圧:0.9bar
最高出力:450PS
最大トルク:620Nm

993 と同様、996 においても 2 基の小型ターボチャージャーが 並列にレイアウトされた

ポルシェ 911 ターボ(997)

2006 年に登場した911 ターボ(タイプ 997)に初採用となった可変タービンジオメトリー・コンセプトは、 低回転域における応答性を飛躍的に向上させた。ディーゼルエンジンにはすでに採用されていた 技術だったが、高温化が避けられないガソリンエンジンに組み合わせるため、宇宙開発で用いられる新素材が 投入された

タイプ:ツイン・ターボ
排気量:3600cc
最大ブースト圧:1.0bar
最高出力:480PS
最大トルク:620Nm(オーバーブースト制御を含む)

ポルシェ 911 ターボ S(992)

ポルシェがレースで培ってきた先端のターボ技術が盛り込まれた最新にて最強の 911 ターボ。シンメトリーに構築された 大型 VNT チャージャーの採用により、電子制御バイパスを介して触媒コンバーターを直接的かつ素早く暖機することが 可能となった。最高出力はついに 650PS まで達したが、燃焼を細かく制御して排気ガスの背圧燃焼を低減する技術により 効率性も高まっている

タイプ:ツイン・ターボ
排気量:3745cc
最大ブースト圧:1.4bar
最高出力:650PS
最大トルク:800Nm

Klaus-Achim Peitzmeier
Klaus-Achim Peitzmeier