ゲーム・チェンジャー

サーキットで勝敗が決まるレース。この定義は今後も変わらない。そして仮想現実の中を走るもうひとつのレース、e スポーツの世界へようこそ。

リアル感を極めた運転操作:
実車と同様のステアリングとペダルを装備するシミュレーターは驚くほどリアルなドライブフィールを体感させてくれる。操作スイッチの配置も本物のレース・マシーンと変わらない

ラース・ケルンはニュルブルクリンク・北コースとの境界線上に 911GT2RS を勢いよく停め、笑顔で挨拶を返すと、手元のコントローラーに目を落としてリバースギアを探す。すると Xbox のディスプレイに映し出される “グリーンヘル” にケルンのマシーンが再び姿を現した。

長年レーシング・ドライバーとして活躍し、現在はポルシェのテスト・ドライバー兼開発ドライバーを務めるラース・ケルンは、昨年、北コースを舞台にロードゴーイングカーであるポルシェ 911GT2RS を駆り、歴代最速タイムとなる 6 分 47 秒 3 を叩き出した凄腕だ。彼は本業の傍ら、実はシミュレーター・ドライブ のエキスパートとしても活躍しているのだが、やはり実際にステアリングホイールを握らない “運転” は勝手が違う。コントローラーには多くのボタンがレイアウトされているが、ペダル類は一切ないのでクルマを運転しているという感覚はない。「それがまさにチャレンジなのです」と、ケルンは照れ臭そうに語る。

ゲームの世界では世界トップクラスの “運転技術” を誇り、“aTTaX Johnson” というアカウントネームで活躍するニクラス・クレッレンベルクは、巧みにポルシェを操りながら伝統ニュルブルクリンクのバーチャルサーキットを駆け抜ける。27 歳の彼は Xbox のラリー世界王者タイトルを獲得したチャンピオンでもある。クレッレンベルクにとって専用コントローラーはステアリングそのもの。そしてケルンと同様、様々なサーキットのブレーキングポイントやマシーンごとのハンドリング特性、ライバルの弱点を熟知し、ひとたびレースが始まるとトラクションコントロールや ABS といった補助機能をすべてオフにする武闘派だ。

e レーサーとして Xbox のコントローラーを握れば、ゲーム開始早々 2 分でケルンに数秒の差をつけるだけの腕前を発揮する。とはいえ、実生活ではクルマを所有しておらず、大学までは公共交通機関を利用するのだという。そしてクルマが必要な時はマグデブルクにある実家までわざわざ借りに出向くのだという。

中間目標としてのオリンピック

ニクラス・クレッレンベルク

ニクラス・クレッレンベルク

ドイツで最も優れた プロ e スポーツレーサーの 1 人である クレッレンベルクは、バーチャル世界 ラリー選手権のチャンピオンで、ル・マン の e レース決勝にも出場した 実績を持っている

クレッレンベルクのような新世代アスリート、e スポーツプレイヤーにはサッカー選手やレーシング・ドライバーのように筋トレやバランスボールを使ったトレーニングは必要ないかもしれない。求められるのは運動神経全般ではなく、一分間に最大 500 回もの操作を実現する反射神経と手と眼の連係スキルなのだ。最近のゲーム・トーナメント会場は常に満席となる盛況ぶりだが、「彼らが世間からアスリートとして認められているのか?」という質問には、「e スポーツプレイヤーの動作回数はライフル射撃をはるかに上回ります」と自信を見せる。

そんなクレッレンベルクの意見にスポーツ協会側も同調する姿勢を見せており、2020 年にはアジアでeスポーツの世界大会が開催されることが決定している。国際オリンピック委員会も 2024 年のパリ大会において正式競技として認可するかどうかを現在検討中だという。それほど驚くべきことではない。2016 年、コンピューター・ゲームの世界総売上は 1000 億 USドルに達し、映画と音楽産業を合わせた売上を凌ぐほどに成長しているのである。世界各国で 22 億もの人々がバーチャルゲームを楽しみ、その頂点に君臨する優秀なゲーマーたちの収入も安定してきている。プロ・ティームが組織され、メンバーには月給が支給われているのだ。ちなみに、ティーム形式のロールプレイで行われるトーナメント『League of Legends』の賞金総額は数億円に達する。

芸術的操作

聞くところによれば最近サッカー協会も e スポーツ・ティームを組織に迎え入れ始めているという。ブンデスリーガに属する VfL ヴォルフスブルクの会長を務め、世界で初めて e スポーツプレイヤーと契約を交わしたティム・シューマッハーは、次のように語る。「私たちはティームの活動を通じて若者の心を掴んでいきたいのです。これは新しいマーケティング分野の開拓です」。

コントローラーを駆使して何度となくドイツ選手権を制し、VfL ヴォルフスブルクと一年契約を結んだ e スポーツプレイヤーのベネディクト・ザルツァー(25)とティモ・ズィープ(20)。ザルツァーは「周囲の状況は目まぐるしく変化しています」と説明する。今後、ゲーマーと契約を交わすティームが増え、バーチャル版ブンデスリーガがキックオフとなる日もそう遠くないだろう。「そうなったらいいですよね」とズィープは目を輝かせる。

「シーンが担う役割はこれからさらに大きくなっていくでしょう」

e レーシングシーンの盛り上がりにより「大学の学費も自分の給料で支払うことができました」とほくそ笑むクレッレンベルク。毎日最長 8 時間も練習するという彼は、その努力がいつか報われると信じて修練を積んできた。「すべては始まったばかりです。シーンが担う役割はこれからさらに大きくなっていくでしょう」とクレッレンベルクは強調する。

ゲームショーにおけるモデル発表

同じくバーチャル・モータースポーツの分野においてもプロ化の動きが始まっている。ポルシェとマイクロソフトは 2017 年の夏、オンライン大会で選出された世界最高の e レーサーたちをル・マン 24 時間レースに共同で招待した。そこで彼らは Xbox コンソールを使ったル・マン・レースに参戦し、第 6 位という公式記録を獲得して授賞式に参加したのである。その数カ月前には、ロサンゼルスで開かれたエレクトロニック・エンターテイメント・エキスポにおいて 911 史上最強の GT2RS が公式プレミア前にマイクロソフトによって発表されていた。GT2RS は大人気の Xbox レーシングゲーム『Forza Motorsport 7』におけるヒーロー・カーであり、晴れの舞台には特別販売用に用意された豪華アルカンターラ・レザー仕上げの専用 911 コントローラーが華を添えたのであった。

「感触は本物のレース・マシーンそのものです」 ラース・ケルン

ポルシェのブランドエンターテイメント部門責任者であるゼバスティアン・ホルヌングは次のように語る。「若い潜在顧客にエモーショナルかつインタラクティブな体験をしてもらえるので、バーチャルゲーム分野は私たちにとって重要なコミュニケーション・チャネルです。モータースポーツに対する関心を自然に高めてもらえますしね」。ホルヌングが率いるティームは、昨年、様々なゲームにポルシェを送り込んでいる。「写真撮影からレーザーを駆使したスポーツカーの測量、テクニカルデータの提供、そしてゲーム上での性能再現まで一作品に対しモデル一台当たり約半年ほど協力します」。その努力が本物のポルシェそのままのドライブフィーリングとして結実するのである。実際に Forza Motorsport 7 の北コース・モードで GT2 RS をコントロールしたテスト・ドライバーのケルンは、その印象を「本物のポルシェを操っているかのようです」と興奮気味に話す。

現実性を帯びてきた e スポーツ

フランク=シュテフェン・ヴァリザー

フランク=シュテフェン・ヴァリザー

職業訓練生としてポルシェに入社したヴァリザーは現在、モータースポーツ部門主任としてレーススポーツの新しい未来を模索している

バーチャル・モータースポーツの世界は、プロセッサーの高速化によって限りなく現実に近づき、レーシングスポーツ・シーンも注目するようになってきた。ポルシェ AG のモータースポーツ部門を率いるフランク=シュテフェン・ヴァリザーは、自らの胸中を明かす。「eスポーツ分野の目覚ましい成長により、現実と仮想の二つの世界が融合し始めています」。自動車産業において仮想プロセスは珍しい概念ではなく、シミュレーターを駆使した車輌のセットアップは日常的に行われている。

「e スポーツはますます現実性を帯びてきています」

唯一課題があるとすればドライバーのライセンスだろうが、若きタレントの育成に関してヴァリザーは楽観視している。「e スポーツプレイヤーたちには才能が備わっているわけですから、あとはコンソールの質が彼らの潜在能力を引き出していってくれるでしょう」。そう、バーチャル版カレラ・カップの開催も不可能な話ではない。e スポーツ最大のメリットはずばり、ドライバーになるための費用が僅少であることだ。テスト・ドライバーのケルンはこう語る。「幼いころからレーシング・ドライバーを夢見てきましたが、『モータースポーツは高額だし危険だ』という母親の説得もあり、今はシミュレーション・ドライバーとしての役目がほとんどです。彼女の言った通りでしたね」と。

仮想空間においていかに擬似的モータースポーツが進化しようと、やはりその操作フィールは本物のマシーンとは異なる。「本物のクルマが加速するときのスピード感はありませんよ。またレーシングカーの匂いやコックピットに座った感じ方も異なります」とケルンは証言する。そして彼の予言はこうだ。「従来のモータースポーツ競技もこれまで通り続き、将来的にはバーチャルなモータースポーツとの共生が図られていくと思います」。

数字で見る e スポーツ

2500

万 USドルという賞金総額が用意された Dota トーナメント『The International 2017』。

350

万 USドルに達する生涯獲得賞金総額。これまでに最も成功した e スポーツプレイヤーは、イラン生まれのドイツ人、Kuro“KuroKy” Salehi Takhasomi(25)だ。氏は Dota 2トーナメント『The International』を Liquid 2017 ティームで制している。

70

億 USドルを記録した 2017 年の e スポーツ分野の収入(メディアの権利、広告、スポンサー、チケット、マーチャンダイズ、ライセンス料)は2016 年に比べて約 40% の増加を記録している。eスポーツの発祥地は韓国と言われているが、現在ファンの約半分は中国と北米に分布している。ちなみに、2017 年の世界中の視聴者数は推定 3 億 8500 万人であった。

1.3

億 USドルもの賞金が懸けられたコンピューター・ゲーム『Dota 2』のトーナメントは 2013 年に初開催されている。このマルチプレイヤー・オンライン・バトル・アリーナ(MOBA)は、歴史の浅いeスポーツ史上、最も収益性の高い eゲームだ。

3300

万台のコンピューターによって 2017 年 9 月の世界選手権が一日平均でインターネット観戦されていた。国別で最も多かったのは中国で、3200 万人を超えるファンによる閲覧が記録された。

1

億人が少なくとも世界中で月に 1 回プレイしていると言われる最も人気の高い e ゲームはティーム形式の戦闘ゲーム 『リーグ・オブ・レジェンド “LoL”』だ。

Frieder Pfeiffer
Frieder Pfeiffer