フランク・マレンバッハ
一日自由に過ごせるなら、ポルシェ三昧の時間を過ごしたいと願うフランク・マレンバッハ。1972 年製の 911 カレラで黒い森をドライブしたり、65 年間コレクションし続けている『クリストフォーラス』を眺めたり……彼のポルシェに対する情熱は本物だ。
2016 年、ホテル業界における最高の栄誉 “ホテリエ・オブ・ザ・イヤー” に選ばれたマレンバッハは、ホテルチェーンであるオトカー・コレクションの支配人として、フランス南部のアンティーブにある歴史的なキャップ・エデン・ロックやパリのブリストルなど数々の最高級ホテルを取り仕切っているだけあり、著名人だけでなくあらゆる職種の人々との接し方を心得ている。
朝の気配:
Frank Marrenbach loves to drive in the early hours of the day.カリブ海やセーシェルに拠点を置く系列のホテルまで含めると約 3000 名もの従業員が働いており、それぞれのホテルの特長を活かしつつ、グローバルスタンダードの品質基準を保つのは並大抵の手腕ではない。1 年のうち 1/3 は出張で世界各国を飛び回っているというデュッセルドルフ出身のマレンバッハはしかし、その土地の風土や文化を何よりも重んじるのだという。
歴史を追体験:
Frank Marrenbach’s Viper Green 911 Carrera RS 2.7 in Baden-Baden.
休息タイム:
A rare moment of solitude.モデル: 911 カレラ RS 2.7
製造年: 1972 年
エンジン: 2.7 リッター 6 気筒
カラー: バイパーグリーン
仕事中は並々ならぬ集中力と自制心が求められるが故に、プライベートでは何か別なものに情熱を注いでバランスを取る必要があるのだろう。「毎日人と接する仕事を続けていますので、私には完全にひとりになれるスペースが必要なのです。例えば旧いポルシェの運転席のような」とマレンバッハは説明する。彼は 15 年前、初めて手にしたポルシェ 9114S(タイプ 993)をきっかけにポルシェに対する情熱に火がつき、996 ターボ、964RS を立て続けに購入した。「ポルシェのステアリングを握ると、特別な領域に身を投じることができるのです。RS が放つパワーと俊敏性は、まさに自分が探し求めていた “挑戦” でした」。そう語るマレンバッハは、時間をかけて集めた RS モデルを介してドライビングプレジャーを満喫しているようだ。「997GT3RS は 964RS とは全く違うタイプで、エンジンが 5000 回転を超えると信じられない音を放ちます。鳥肌が立つほど素晴らしい瞬間です」。
マレンバッハの所有するポルシェ・コレクションの中でも特筆すべきモデルは、バイパーグリーンの 1972 年型カレラ RS 2.7 だろう。マレンバッハは自ら所有する “ダックテール” が特徴の初期 RS モデルをこう評する。 「6 気筒エンジンは柔軟性に優れ、コーナーでは極めてスピーディーで、かつ安定した動きを見せてくれます。ただ、RS モデルに共通して言えることですが、カレラ RS もすぐに操れる訳ではありません。敬意を払うことが大切です。その性能を十全に発揮するには然るべきトレーニングが必要でした」。
「ポルシェのステアリングを握ると、特別な領域に身を投じることができるのです。RS が放つパワーと俊敏性は、まさに自分が探し求めていた “挑戦” でした」 フランク・マレンバッハ
歴史を追体験:
Marrenbach sees each issue of Christophorus as a reflection of Porsche’s history.65 年分の『クリストフォーラス』
マレンバッハのポルシェに対する情熱は他にもある。彼は自宅に “瞑想スペース” と呼ぶポルシェ専用の部屋を設けていて、床から天井までポルシェに関する書籍やモデルカーで埋め尽くされている。その空間でとりわけ目を引くのは、65 年にわたって収集されてきた『クリストフォーラス』だ。1952 年の創刊第 1 号から最新の第 383 号まで欠番のないポルシェのカスタマー・マガジン・コレクションは、あるコレクターから譲り受けたダークブラウンのボックスに収納されている。
今年で誕生 65 周年を迎える『クリストフォーラス』の歴史は 911 よりも長く、創刊当初よりテスト走行や読者をドライブ旅行に駆り立てる紀行記を掲載し、当時は斬新な広報誌として刊行された。多岐にわたるトピック。洗練された文章とイラスト。一冊の歴史的な背景にマレンバッハは興味があるのだと話す。特に初期の『クリストフォーラス』に対する思い入れはとても強い。「『クリストフォーラス』を通じて我々はドイツの歴史を追体験できます。例えばこの創刊第一号では、第二次世界大戦終了からわずか 7 年しか経っていない状況であるにもかかわらず、人々がいかに前向きに生きていたのかを窺い知ることができるのです」。
ポルシェが自らの歴史を繰り返し考察している点も、彼が『クリストフォーラス』の虜になる理由のひとつだ。「誌面にはその時々のポルシェの経営状況が反映されているので、『クリストフォーラス』を読めば 1990 年代初めに経営難に陥ったことも、その後に完全復活したこともよく分かります」とマレンバッハは熱弁する。このカスタマー・マガジンは、彼にとって『ブリタニカ百科事典』や『ブロックハウス百科事典』のように常に手元に置いておきたい書物なのだ。もし自宅が火事になるようなことがあれば、マレンバッハはバスローブ姿で『クリストフォーラス』の束を抱えて外に飛び出すだろう。
ホテルを背景に:
フランク・マレンバッハが所有するバイパーグリーンの 911 カレラ RS2.7。バーデン=バーデンにて
VIP ゲスト
マレンバッハは時折ホテルの宿泊客がまだ就寝中の早朝に起床し、バイパーグリーンのカレラ RS を駆り黒い森をドライブするという。「慌しく見えるかもしれませんが、一日のうちその時間だけがひとりで過ごせる唯一の安らぎなのです。四六時中、緊張の中で仕事をするのは無理ですからね。仕事をスムーズに進めるには常によく考えて人と接し、丁寧に対話することが大切です」とマレンバッハは語る。彼はこんなエピソードを教えてくれた。「ビル・クリントン元大統領との出会いは今でも鮮明に覚えています。彼が私たちのホテルをチェックアウトした時のことです。ほとんど睡眠を取られていなかったご様子で、早朝にホテルを後にしようとしていたのですが、レセプションにいた従業員たちに気が付いて、そちらの方へ近づいていかれました。そして彼らひとりひとりにお礼を言い、感謝の気持ちを示してくれたのです。その場にいる全ての人たちに対して真摯に対応している彼の姿を目の当たりにして、私は深く感銘を受けました」。